作業スタッフ略歴|〈横浜・川崎〉高性能洗剤ハウスクリーニングの小島お掃除商会

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作業者のご紹介

■プロフィール■

●氏名
小島 毅(コジマ タケシ)
●年齢
51歳
●最終学歴
横浜商科大学商学部商学科卒業(1993年)
●取得資格
★調理師
★普通自動車一種
★宅地建物取引士(登録番号第60456号)
●家族
妻、一女

■略歴■

●大学卒業からハウスクリーニングのお仕事に従事するまで●

生まれてこの方日吉生まれ日吉育ちです。

 小中学校を地元の市立学校に通い高校受験は勉強量ゼロで希望校受験に見事に失敗。

 県立高校を無事卒業しました。

 そして時代の幸運(バブル景気)もあって一浪の末なんとか大学入学。

 当時が今の日本の景気状況でしたらとてもこんなノーテンキなお花畑生活は送れなかったと思います。

 一言でいうと幸せだったんですね(過去形)。

 それにしても在学中に宅建士(当時は宅建主任者)の資格を取る費用を父にねん出して頂けたのは人生で最大の幸運でした。

 が、長い間全くこの資格と関係のない仕事に従事してしまいまして宝の持ち腐れとは正にこういうことを言うのでしょう(笑)。

 大学卒業後は不動産賃貸業務からマンション分譲まで手掛けるやり手の経営者(今ではビル数棟所有の資産家)の元で働きつつもいつの間にか家業の手伝いへ。

 当時、日本は失われた10年を過ぎたころで飲食業界においては個人的には松屋やすき家の様なワンオペスタイルの定食チェーンの時代の到来を予言公言(もちろん事業化の提案も)しておりました。

 時は大戸屋等を含む定食チェーン時代到来の夜明け前の頃です。

 インターネット時代到来の数年前には大前研一氏の著作「インターネット革命」などを拝読したりしております(当時の友人に「インターネットで仮想商店街を作ろう!」とビジネスプランを持ちかけましたがにべもなく断られました。自分一人で始めればよかったよな)。

 こういった嗅覚は鋭い方です。

 一方、実家の店舗の経営は巨額の赤字続きでした。

 家族経営でこじんまりとやっていればよかったのを銀行の借り入れや親類の助力で少しばかり店舗や建物などを拡張してからがこの家の不運の始まりでした。

 家業を手伝い始めて数年間は自分としては可能な限り手を尽くしたつもりですが最終的にお店はクローズになりました。

 それでも家族は一人の犠牲も出さずに無事に済んでよかったです。

  当時の家業廃業、閉店の時点で現金は枯渇して設備投資でも何でもない意味不明の借入ウンゼンマンのマイナスを計上していましたが損切りのタイミングは的確でしたので資金は底をつきましたが資産はほぼ無傷で済ませられました。

 早めに撤退したおかげで両親は経済的には幸せいっぱいの老後を過ごせました。

 一方、私の方はと言いますとその後の流浪の身において何年か色々職を転々としましたがハウスクリーニング業を営む師匠との出会い、開業につながりました。

 そうこうしている内に仕事、結婚、子育てオンリーの人生が静寂がたたずむ水面の様に35歳位から12~3年ほど続きます。

 が、物事とは常に何気ない静寂という名の平地から草木は生え出すものです(何を書いているのか自分でもさっぱりわからない)。

 開業10年目あたりでお風呂場のお掃除は誰にも真似ができない秘密の水あか除去方法を偶然にも開発してしまいます。

 そんなわけで昨今のコロナ禍で社会に対して如何に世のため人のために貢献をできるかを考えながら今日もお仕事に一生懸命取り組んでおります。

 今般開始しました一般ご家庭向けのエアコンクリーニングのサービスもその一環です。

 この清掃を行う事により汚れたエアコンでしたら電気代が確実に低下して冷暖性能も回復させられます。

 まだまだ現場で頑張りますのでご用命の程を心よりお待ちしております。

●家族について●

ハウスクリーニング業を開業して3年目あたりですね。お見合いの話を頂きまして結婚に至りました。

 自分は日吉、嫁は綱島と地元同士の見合い結婚です。40と36の高齢結婚でした。

 綱島でよく買い物をしますので知らずにすれ違っていたりしたんでしょうね(天一書房で二人がすれ違う場面でバックに小田和正の歌とかが流れている)。 

 当時は体がすれ違いましたが今は心がすれ違っています。

 夫婦ともに生まれてこのかた地元出身です。

 娘にも恵まれました。

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